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大阪高等裁判所 昭和48年(ネ)1250号 判決

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し金七万四六〇〇円及び内金六万七六〇〇円に対する昭和四六年一〇月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その四を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金四八万四〇〇〇円及び内金四〇万四〇〇〇円に対する昭和四六年一〇月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、左記のとおり附加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

(控訴代理人の陳述)

本件事故現場附近の道路(以下、本件道路という)は、アスフアルトの簡易舗装道路で、路面が極端なかまぼこ型をなし、車体の重心が東側の高橋川寄りに傾くという構造になつていたから、同所を走行中の車両は自然にその進路を東側にとる結果となり、運転者は、絶えずハンドル操作等によつて進路修正の措置を講じなければならず、さもないと車両は次第に高橋川へ接近して行くという危険があつた。また、薄暮や夜間の降雨時には、雨と霧のため路肩の雑草土手と高橋川との境界の見分けがつきにくくなり、初めて本件道路を南進する車両の運転者には、道路東側に高橋川のあることが判り難い状況であつた。そのため、以前にも、本件道路を通行中の車両が高橋川に転落するという事故が発生したことがあつた。

したがつて、本件県道の管理者である被控訴人は、本件事故現場附近の道路東側にガードレール、視線誘導標識あるいは夜間の照明装置を設置して、本件道路を通行中の車両が誤つて高橋川に転落しないように、本件道路の安全性を維持するため、万全の措置を講ずべきであつた。しかるに、被控訴人は、当時何らそのような防護設備を設置していなかつたため、本件事故を惹起するに至つたものである。

したがつて、本件事故は、被控訴人の本件県道に対する設置または管理の瑕疵に基因すること明らかである。

(被控訴代理人の陳述)

控訴人の主張は否認する。本件事故現場附近の道路は、その構造に何らの欠陥もなく、また被控訴人において右道路の管理に手落ちはなかつた。本件道路は、防護柵設置基準によつて防護柵を設置すべき必要のある場所ではない。被控訴人は、本件県道の高橋川沿いのうち、カーブ区間等必要な箇所には、当時防護柵を設置しており、道路の安全性維持に懈怠はなかつた。控訴人の主張は理由がない。〔証拠関係略〕

理由

一  訴外小久保公男が、昭和四六年一〇月一日午後七時三〇分頃、乗客として訴外西原徳七及び同西原はるえを乗せ、普通乗用自動車(京5う四四九九号、以下、本件事故車という)を運転して、大津市瀬田神領町九五番地先県道牧大津線(本件県道)を南進中、道路東側の高橋川に転落したことは、当事者間に争いがない。

二  本件事故に対する責任原因について判断する。

成立に争いのない甲第四ないし第一五号証、当審証人福山文夫の証言により真正に成立したと認められる同第一七号証、昭和四六年一〇月二日に撮影した本件事故現場附近の写真であることについて当事者間に争いのない検甲第一ないし第一七号証、同年一〇月二五日と昭和四七年一一月八日とに撮影した本件事故現場附近の写真であることについて当事者間に争いのない検乙第一ないし第四号証に、原審証人小久保公男、同内田米一、当審証人福山文夫及び証人上原健正の当審第一、二回証言を綜合すると、

(1)  本件事故現場の模様の概略は、原判決添附図面のとおりであること、本件県道は、大津市から信楽町方面へ通ずる主要な道路であり、もと幅員四・五メートルの道路であつたが、昭和四一年から継続工事により道路拡幅工事が進められ、事故当時は、右添附図面の名神高速道路下の辺りまでは、その拡幅工事が終つていたが、同所より南方信楽町までは、未だ拡幅されない四・五メートルの道路幅のままであつたこと、本件事故現場附近の道路(以下、本件道路ということもある)の東側は、幅約四メートル、深さ約一・八メートルの高橋川が道路に接して平行に流れており、道路西側は高さ約二・五メートルの土手になつていたこと、本件道路は、その中央部がやや円く高く、両側が低くなつており、特に高橋川に沿つた路肩側に向つて傾斜の大きい構造の、いわゆるかまぼこ型のアスフアルト舗装の道路であつたこと(右かまぼこ型のアスフアルト舗装道路であつたことは、当事者間に争いがない)、本件道路は、右添附図面に図示されたように約一〇〇メートルが直線であり、この直線部分の南方及び北方は、いずれも西側に向つて緩やかなカーブをなしており、本件事故当時、右カーブ部分にはガードレールが設けられていたが、その余の直線部分にはガードレールの設置がなかつたこと、本件道路には、照明設備が設置されていないため、夜間は暗く、薄暮時ないし夜間の降雨の際には、路面を打つ水飛沫や高橋川から立ち上る靄のため、路肩と高橋川との境界が見分けにくい状態となることがあつたこと、本件道路は、事故当時、昼間は交通量が比較的多かつたが、夜間は閑散としていたこと、

(2)  控訴会社の運転手である訴外小久保公男は、京都市内で前記西原徳七らを乗客として本件事故車に乗せ、大津市上田上牧町まで赴くべく、時速約四〇キロメートルで進行し、名神高速道路の下を潜り抜け、そこから少し行つたところにある前記北側のカーブ部分のガードレールに沿つて道路幅の狭くなつた本件道路を南進したが、同人は、同所を車で通行するのは初めてであり、しかも、当時は激しい降雨中であつて前方に対する視界も十分でなかつたから、道路に接してその東側に高橋川が流れていることに気付かず、川の部分も道路であるとばかり思つていたこと、ところが小久保は、本件事故現場の手前に差しかかつた際、道路が前方で右方(西方)にカーブしていることに気付き、強く急制動をかけたところ、本件事故車の後部が左方に振れたので、更にハンドルを左へ切つたが、右降雨のため路面が濡れており、しかも前記のように路面がかまぼこ型をなしていたため、右措置も及ばず、本件事故車はそのまま道路を左方へ滑走して東側の高橋川に転落したものであること、

(3)  本件道路においては、以前にも本件と同様の転落事故が、一、二件あり、運転手仲間では、薄暮時ないし夜間の降雨時には危険な箇所とされていたこと、しかして、本件事故後間もなくして、被控訴人は、本件道路の高橋川に沿つた前記直線部分に視線誘導標識を設置したこと、

以上の事実が認められ、成立に争いのない乙第一号証も右認定を妨げるものではなく、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

そこで、以上認定の事実より考察するに、本件事故現場附近の道路は、幅員も狭いうえ、路面がいわゆるかまぼこ型の構造をなし、特に道路東側の高橋川に沿つた路肩への傾斜が大きく、薄暮時ないし夜間における降雨時には、路面を打つ水飛沫や高橋川から立ち上る靄のため、道路と高橋川との境界が定かでなく、その見分けがつきにくい状態となることがあつたのであるから、薄暮時ないし夜間の降雨時に本件道路を通行する車両が、道路と高橋川との境界を見誤つて、その進路を誤まり、また路面を滑走して高橋川へ転落する危険性があつたものというべく、したがつて、本件県道の管理者である被控訴人は、本件道路の東側の高橋川に沿つた直線部分にも、ガードレール、視線誘導標識あるいは夜間の照明設備を設置して、道路東側に平行して高橋川が存在すること、ないし道路と高橋川との境界の位置の識別に資するとともに、通行車両が誤つて高橋川に転落することのないように防護の措置を講ずるべき義務があつたものといわねばならない。

しかるに、被控訴人は、本件事故当時、本件道路の南方及び北方のカーブ区間にガードレールを設けたのみで、本件事故現場を中心とした直線区間にはガードレールその他何らの防護施設も設置せず、これを放置していたのであるから、本件道路は、道路として具有すべき安全性を欠いていたものというべく、その設置ないし管理に瑕疵があつたものといわねばならない。

仮に、被控訴人の主張するように、本件事故現場附近の道路が建設省通達の防護柵設置基準に該当しない場所であつたとしても、右防護柵設置基準なるものは、道路の危険箇所に対する防護柵設置をなすべき場合に関する一般的な目安ないし指針であるに過ぎないのであつて、道路管理者が右基準に準拠する措置をなしたからといつて、これをもつて能事終れりとすることはできない。道路法第四二条によれば、道路管理者は、道路を常時良好な状態に保つように維持し、修繕し、もつて一般交通に支障を及ぼさないように努めるべき義務があるから、道路管理者は、個々の道路の具体的な構造及び交通の状況に応じて、これに適合した良好な状態を保持するように適切な方途を講ずべきであり、右防護柵設置基準に照らし防護柵を設置すべき場合に該らないからといつて、管理義務を免れうるものではない。

しかして、小久保は、本件道路を進行中、本件事故現場に至つて、前方がカーブになつていることに気付き急制動をかけたところ、路面が東側の高橋川へ向つて大きく傾斜した、かまぼこ型をなしており、かつ激しい雨で滑り易くなつていたため、右措置も及ばず滑走し、東側の路肩にガードレールの設置がなかつたため、道路上において停止することができず、高橋川へ転落したのであるから、本件事故は、後記のような小久保自身の過失もさることながら、本件道路の設置ないし管理の瑕疵に基因するものと認めるのが相当である。そうすると、被控訴人は、控訴人に対し、本件事故によつて控訴人が蒙つた損害を賠償すべき責に任ずべきものといわねばならない。

一方、小久保は、本件道路を車で進行するのは初めてであるうえ、事故当時は、午後八時前という時間帯で周囲は暗く、しかも激しい降雨のため道路とその東側の高橋川との境界も見分けがつきにくい状況であり、路面も濡れて滑り易くなつていたのであるから、進路前方に十分注視し、その道路状況や地形等を確認し、また適当な速度にまで減速して慎重に運転、進行すべき注意義務があつたものというべきであるところ、同人は漫然時速約四〇キロメートルで本件事故車を運転して本件道路を南進したため、本件事故現場に至つて前方にカーブのあるのを発見し、急制動をかけたが前記のように車体後部が左方へ振れたので更に左ヘハンドルを切つたが及ばず、車は左方へ滑走して道路東側の高橋川へ転落するに至つたのであるから、前方不注視及び安全運転義務違背の過失があつたものといわねばならない。

以上のように、本件事故は、本件事故車の運転者である小久保の過失と相俟つて、本件道路の設置または管理の瑕疵が原因で発生したものというべきであるところ、両者の本件事故発生に対する寄与の大小につき按ずるに、本件事故は小久保の運転上の過失に基因するところが大きく、その割合はこれを八〇パーセントと認めるのが相当である。したがつて、本件事故による損害額を算定するにつき小久保、したがつて同人を履行補助者とする控訴人側の過失を斟酌すべきものといわねばならない。

三  損害について。

控訴人が本件事故によつて蒙つた損害のうち被控訴人に対し請求しうべきものは、次のとおりである。

(一)  車両代

成立に争いのない甲第三号証に証人上原健正の原審での証言並びに弁論の全趣旨を綜合すると、小久保が本件事故当時運転していた本件事故車は、控訴人の所有であるが、本件転落事故によつて大破したこと、右修理には約三〇万円ないし四〇万円を要するため廃車処分をしたが、事故当時における本件事故車の価格は金二〇万五〇〇〇円と評価されることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  休車損害

前記証人上原健正の証言並びに弁論の全趣旨を綜合すると、控訴人は、乗用車を使用して旅客運送業、いわゆるタクシー業を営むものであるが、本件事故当時、乗用車一台当り、車の維持費等の必要諸経費を控除して、一日金三〇〇〇円相当の純益をあげていたこと、ところが本件事故により本件事故車を廃車処分とせざるをえなくなつたため、新車購入までの一ケ月間乗用車一台が休車となり、右割合による得べかりし利益九万円(3,000円×30=90,000円)を失うに至つたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(三)  事故車のクレーン引揚料及び運搬料

前記証人上原健正の証言により真正に成立したと認められる甲第二及び同第一六号証に右証人の証言を綜合すると、控訴人は、前記転落現場からの本件事故車の引揚げ及び工場への運搬を業者に依頼し、タクシー引揚料として金一万一〇〇〇円及び積込み運搬料として金一万二〇〇〇円を支払つたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(四)  タクシー走行メーター代

前記証人上原健正の証言並びに弁論の全趣旨を綜合すると、本件事故により、本件事故車に取付けてあつた走行メーターが破損し全く使用できなくなつたこと、そして事故当時における右メーターの価格が金一万五〇〇〇円を下るものではなかつたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(五)  乗客に対する見舞金

前記証人上原健正の証言により真正に成立したと認められる甲第一号証、成立に争いのない同第一三号証に右証人の証言を綜合すると、前記のように、小久保が運転する本件事故車に乗客として乗つていた訴外西原徳七及び同西原はるえが本件転落事故により負傷したこと、そして控訴人が昭和四六年一〇月一九日、右両名に対し、見舞金名下に金二万円を支払つたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(六)  過失相殺その他

以上のとおり、控訴人が本件事故によつて蒙つた損害は合計金三五万三〇〇〇円となるところ、控訴人には本件事故発生につき前叙の過失があるから、これを斟酌しその分を控除すると、金七万〇六〇〇円となる。しかして、控訴人が、その後、本件事故車を他へ処分して金三〇〇〇円を取得したことは、控訴人の自認するところであるから、これを右損害に充当して計算すると、残額は金六万七六〇〇円となることが明らかである。

(七)  弁護士費用

控訴人が、本訴を提起するに当り、原審の原告訴訟代理人らに訴訟委任し、着手金及び成功報酬金債務を負担したことは弁論の全趣旨より明らかであるところ、本件訴訟追行の経過、本訴事案の難易、前記認容額等諸般の事情を参酌すると、控訴人が負担するに至つた弁護士費用のうち、本件事故との間に相当性を有するものは、金七〇〇〇円と認めるのが相当である。

(八)  以上要するに、控訴人が被控訴人に対し請求しうべき損害は金七万四六〇〇円となる。

四  以上の次第であつて、控訴人の本訴請求は、被控訴人に対し、損害金七万四六〇〇円及び弁護士費用分を除く内金六万七六〇〇円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四六年一〇月二日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容すべく、その余は失当として棄却を免れない。

よつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は一部不当であるから、民事訴訟法第三八六条によりこれを変更し、控訴人の本訴請求を右認定の限度で認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条、第九二条を適用し、仮執行の宣言は本件事案の性質上不適当と認め、これを附さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹内貞次 坂上弘 諸富吉嗣)

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